Article-1 気候風土を愉しめる建築

グローバル化がすすみ、都市の風景はどこも同じような表情を見せるなか、それぞれの地域らしさを愉しめる住まいや建築が改めて求められているのではないでしょうか。時を経て深みを増してゆく木や土の表情や手触りは、心を穏やかにさせてくれ、美しさに感動することもあります。ヨーロッパを旅すると、伝統とモダンが折り合いをつけ、洗練された風景やインテリアとして具現化されていてうらやましく感じることもあります。

現代の利便性や快適性は素晴らしいのですが、なにか物足りないと感じることはないでしょうか。かつての日本の社会や建築にあって、現代の我々が失ってしまった何かを、上手に取り戻すことはできないだろうか、そんなことを考えながら建築をつくっています。

 

写真:池の見える家

 

1)風土と微気候 cultural climate and microclimate

かつて日本の各地には、地域の気候や素材を反映した様々な民家がありました。厳しい自然環境を和らげ、豊かな自然をとりこむ住環境の知恵がありました。現代に比べれば、断熱性能や利便性は劣るものの、室内外が心地よくつながり、四季の移ろいを愉しめるなど、現代にはない幸せな場がありました。

 

写真:室内と屋外をゆるやかにつなぐ軒下の空間(旧西川家住宅(近江八幡))

 

これからの建築は、耐震性能、断熱・気密性能、機能性などを十分に備えることが基本であるのは言うまでもありません。それらをふまえた上で、先に述べたような豊かさをもった住宅を実現することが可能できれば、生活空間の価値を向上させるだけでなく、健康にも寄与し、地域の景観にも貢献できる建築ができるのではないか考えます。  ここで「気候風土」という言葉に少し思いを馳せてみたいと思います。「風土」という言葉には、気候や地味といった意味もありますが、文化的、歴史的な背景も含まれています。自然条件としての「気候」、そして自然との相互作用の中で育まれてきた歴史や文化などを見直し、これからの建築やまちづくりのデザインに活かしてゆくことができると、建築やまちがさらに愉しく、個性あるものになるのではないでしょうか。

 

写真:人の営みと自然が一体となって、景観をつくる(砺波平野の屋敷林)

写真:人の営みと自然が一体となって、景観をつくる(砺波平野の屋敷林)

 

グローバルスケールの気候は「大気候」と呼ばれます。一方、身近な庭や居住空間といったスケールでの気候を「微気候」ということがあります。私は、建築において室内と屋外のつながり方がとても重要ではないかと考えています。木や花のある庭と、デザインされた庇や開口部をもつ住まいが気持ちよくつながり、季節の変化を愉しみ、風の温度や木の葉の色の変化に気づけるような、豊かな「微気候」を形成できるすまいを創ってゆきたいものです。

 

干し柿

写真:池の見える家

 

住まいや建築は単なるシェルターではなく、少し大げさに言えば“生きている実感”を得られるものであって欲しいと考えています。それを実感するには、“変化する要素”や“美しさ”がポイントなってくるのだろうと思います。具体的には、風や温度、湿度などの「気候」、樹木や花などの「植物」、土や石、木材などの「自然素材」などです。季節により風景が変化し、時を経て素材の表情を変えます。日々の暮らしにおける生命の実感や、美しさを感じる瞬間、心地よさなどが、ときどき、ささやかにあると素敵ですよね。

 

 

2)わたしたちの家づくり

私どもの自宅兼オフィスでもある「池の見える家」について、建築のプロセスやその後の暮らしぶりなどについて紹介をさせていただきます。この家は、設計手法や構法・材料から建築プロセス、住まい方に至るまで、私どもが考える「気候風土を愉しめる住まい」のあれこれが詰め込まれています。

 

■土地探し

眺望がよくて、周囲が立て込んでいなくて、でも利便性はそれなりで、などなど、わがままな家族の要望をふまえながら根気よく土地探しが続きました。当時はインターネットで現在のような土地探しができる時代ではなかったので、各地の不動産屋さんをまわりましたし、不動産屋さんから送っていただいたFAXは相当の量にのぼりました。  探し始めて2年が過ぎ、なかば諦めかけていたころ、この土地のお話しがありました。引渡しはしばらく先になるけどということでしたが、資金も十分ではなかったのでわかりましたということで、さらに2年ほど待ち、念願の購入にいたりました。

 

建築前の土地の様子

建築前の土地の様子

 

色づく池のほとり 家族みんながこの土地がいいとお気に入りに

色づく池のほとり 家族みんながこの土地がいいとお気に入りに

 

■設計

私たち夫婦と、私(夫)の両親、そして寝たきりの祖母の計7人のために住まいが設計されました。1階が両親と祖母の部屋、2階は子世帯のための空間です。風通しがよく、周囲の景観を存分に楽しめること、木と土を活かした伝統的構法でつくる家です。

 

模型の写真

模型の写真

 

■大黒柱の伐採、植林体験

建築をお願いすることになった、岡崎製材所さんの所有林で、家族とともに伐採をみせていただくことになりました。山に入り、候補の木の中から選ばせていただきました。プロの木こりさんがワイヤーを取り付け、チェーンソーでの伐採が始まります。そして、大黒柱となるヒノキの大木が、轟音を立てて倒れてゆきました。目の前で、大木が倒れる光景を子どもたちは今でも話題にしますが、とても感動し、一生のよい思い出になりました。切り株の年輪を数えると135年、明治のころの木であることがわりました。

 

伐採したヒノキの大木。 伐り株の年輪を数える子どもたち。

伐採したヒノキの大木。伐り株の年輪を数える子どもたち。

 

今度は、八百津で行われた植林の体験会に参加しました。家づくりにはたくさんの木材を使いますので、感謝の気持ちをこめ、子どもたちと植林を行いました。植林の後には朴葉寿司をいただき、とても清々しい一日となりました。

 

植林体験 お昼の朴葉寿司

写真:植林体験とお昼の朴葉寿司

 

■建て方、建築工事

設計に1年余りをかけ、建築工事が始まりました。建築工事は、岐阜県八百津の岡崎製材さんにお願いをしました。木組みに土壁でという設計を行いましたので、手刻みでの木材の加工が始まりました。丸太を選びに行ったり、刻みの現場を見に行ったりもしました。

 

製材の様子 製材の様子を見学中の子どもたち

製材の様子と、見学中の子どもたち

 

青空の下、大工が手刻みで加工をした材料を組み立てる建て方(たてかた)がはじまりました。カケヤの音が響き、徐々に組みあがってゆきます。様々な継手、仕口がパズルのように立体的に組み上がる作業は、見ていて飽きません。この建物で最も大きい材料は、10mを超える松の丸太です。

 

  

 

■土壁と左官

竹小舞を編む作業をエツリと言ったりしますが、夫婦のエツリやさんが、素晴らしいチームワークで編み進めてくれました。竹小舞が編まれた風景はとてもきれいです。

 

 

 

これを下地窓として一部に残しておこうと茶室などのデザインに活かしてきた先人の気持ちに共感します。

工務店さんにお願いをして、子どもたちとともに土壁塗りの体験も行いました。

 

 

 

荒壁には大垣の土を使いました。2階部分は、主に中塗り仕舞いにしました。1階は漆喰仕上です。一部には、下地の竹小舞が見えるよう、下地窓として竹を組んだ様子が見られるようになっています。

 

 

■造作工事

     

 

■すまいの工夫あれこれ

子ども室の中央には、ロフトに登ることができる枝があります。なんとこの枝は、大黒柱に使ったヒノキの大木の先端部分なのです。枝に足を掛けて大人が登ってもびくともしません。大木の先端部分は、風が吹けば大きく揺らされ、枝が折れないように鍛えられます。筋肉のように発達した枝の付け根は、なんとも見事です。

 

   

 

 2階リビングの開口部には、ガラス戸、障子、ルーバー網戸、雨戸を設けました。夏は、網のついたルーバー戸で日除けをしながら通風することができます。

 

     

 

■雑木林風の庭づくり

「池の見える家」の庭は、かつてあった雑木林の風景を再現できないだろうかと、作庭家とともに考えました。小径をあるくと、景色が変化しながら、玄関に至ります。そして、窓を開けると庭と室内は一体になり、涼んだり、語ったり、干し柿を吊るしたりと、季節を味わう場所になります。

 

         

 

■くらしのシーン