民家を吹き抜ける風

Study For Wind Design

エアコンのボタンを押せば、好きな温度にコントロールもできます。
しかし、窓を大きく開いて中と外の空気が、
そして気持ちがつながる感覚は、
物理量で評価しがたい価値があるようにも思います。
民家の縁側のようなスペースは、
コミュニティデザインのためにも求められるのではないでしょうか。

民家を吹き抜ける風
Study For Wind Design

エアコンのボタンを押せば、好きな温度にコントロールもできます。
しかし、窓を大きく開いて中と外の空気が、
そして気持ちがつながる感覚は、
物理量で評価しがたい価値があるようにも思います。
民家の縁側のようなスペースは、
コミュニティデザインのためにも求められるのではないでしょうか。

はじめに

都市化、工業化した現在もなお、私たちは風土の中に生きています。今も、日々の話題に気象や季節の事柄は多くのぼり、大雨や強風、酷暑など厳しい気象条件に翻弄されることもたびたびです。 私たちは、激しい暑さや寒さを避けたいと思う反面で、季節感がなくなり、空調漬けの日々となることには一抹の不安を感じることもあります。現在の技術では、暑さも寒さも、生活者や建築家によってデザインされ、コントロールすることは可能な時代ともいえます。
かつての住居は、シェルターの能力は弱々しいがゆえに、内外の仕切りは多層であり、屋内と屋外のつながりは多様で濃密でした。では、私たちが暮らす住居の気候はどうあることが望ましいのでしょうか。これからの住環境、住文化をより豊かなものにしてゆく上で、新たな眼差しで風土を理解し、デザインやライフスタイルに展開を図りたいものです。

「気候風土を活かした住まい」という、言われ方をすることがあります。風土とはなんでしょう。風土を形成するのは「気候」、「地形」、「植生」とも言われます。「気候」は、その土地における気象の平均的姿です。気圧配置などによって形成される「大気候」から、「中気候」、「小気候」、そして住居内と住居周囲の気候を指す「微気候」まで。従来は、大気候の厳しさを緩和するためには屋敷林や水路などによって細やかな気候、「微気候」がデザインされていました。「地形」によって寒暑、乾湿、雨量、積雪、晴曇などは異なりますが、古くは地形に合わせて住宅配置や間取りを考え、風が強い地域では風上側に山を背負う地形を選び、水難を避けるための土地が選ばれていました。「植生」は、建築を造る素材や工法にも大きく関わり、衣服や食事など生活文化にも大きな影響を与えてきました。
このように我が国の近世における居住システム、社会システムは、素材やエネルギーも含めて循環可能なものが多くあり、持続可能な社会であったと評価されています。また、風土性を色濃く反映した気候景観を、明治期に訪れた外国人も絶賛しています。今後、持続可能で歴史的文脈を感じることのできる、風土性を反映した住文化をデザインするにあたり、歴史に学び、価値の幅を広げる必要があるのではないでしょうか。

日本の気候風土と建築の歴史

まず、日本の気候風土を背景として生まれてきた住空間デザイン、環境調節手法について振り返ってみたいと思います。

伝統民家の室内気候

近世の民家(農家住宅)の温熱環境的な側面を中心にその特徴をみてみます。民家では茅葺屋根や石置き屋根などが一般的でした。深い庇は、夏季の日射侵入を防ぐとともに外壁の保護にも寄与しました。茅葺屋根の厚さは60cmを超えるものもあり、夏季においてすぐれた断熱材として機能し、急勾配の屋根は雨水の流下を促進する為にも有効であったが、日射熱を大面積で受けること、夏季夜間に広い面積で放熱ができる点でも効果がありました。外壁には一般に土壁を用いていましたが、大きな熱容量によって気温の振幅を抑制し、室内環境の安定化に寄与していました。また、木材や畳などと併せ、吸放湿の効果も得られていたと考えられます。 伝統的な日本家屋の夏季における有効な環境調節手法のひとつは外部に対する開放性であるが、開口部の設けられ方の地域による差異は気候的側面によるところが大きい。寒冷な地域と比較的温暖な太平洋側の地域で各方位の開口部割合は異なっていたことがわかります。九州南部では南東から南西にかけて大きく開口がもうけられ、東海・近畿では南北を中心に開口部が設けられていました。山間部では谷筋や山地地形に対応して開口部が設けられていました。また開口部のつくりの工夫として、障子、雨戸、高窓などをあげることができます。これらによって、日射のコントロール、断熱性の確保、排熱の促進などの環境調整が行われていました。

防風林

建物周辺の気候形成のための対策も重要である。風の強い多くの地域では、北、西に建物を配置し、南側に作業用の庭を設け、防風を兼ねた植栽で屋敷を囲む場合が多くみられた。中高木を含む防風林は冬の季節風を防ぐとともに夏には日陰をつくり、厳しい気候の緩和に役立った。防風林の下枝や落ち葉は煮炊きの燃料であり、建築用材ともなり、また鑑賞庭でもあった。林と住居が一体となって環境を形成しており、夏季、冬季の厳しい気候を緩和する装置ともなっていた。 砺波の散居村は、南からのフェーン風が厳しい砺波平野に所在し、カイニョと呼ばれる杉の高木を主体とした屋敷林を、南西側を中心に設けていた。そのためにアズマダチと呼ばれる妻入りの母屋はすべて東を向き、水田の中にカイニョに包まれた住居が点在する景観をつくった。このほかにも東北の平野部みられる「イグネ(居久根)」、出雲・簸川平野の「築地松」、沖縄の「フクギ(福木)」など、樹種や刈込みの異なる地域性豊かな防風林が美しい気候景観を形成した。

町家の室内気候

伝統的町家における夏季の観測事例では、日のあたる坪庭と日の当たらない坪庭で温度差が生じ、これに挟まれた居室に気流が発生することが報告されている。都市部など外部の気流が期待しにくい立地では、敷地内に坪庭を配置することで空気のゆらぎを生み出して暑熱を緩和していた。また、庭木に覆われた坪庭からは室内への冷放射や視覚的な涼感も期待できた。 吹き抜けを有する民家を対象として行った実測では、民家の吹抜部において上昇気流が認められ、居住域において気温上昇を緩和する効果があることが確認されている。このように温度差換気を利用した通風計画は古くから行われていた。

開口部の工夫

格子戸や無双窓、簾戸など様々な建具の工夫もなされてきた。視覚的な涼感だけではなく、防犯に配慮しながら夜間通風を実現する工夫としては現代にも応用可能なものである。また、すだれやよしずも日射を遮蔽しながら涼感を得られる手法として古くから用いられてきた。 以上のように、バナキュラー建築に見られる環境調整手法は自然素材を用いてパッシブに環境をコントロールするものであり、現代の気候緩和方策としても応用可能なものといえる。